がん原遺伝子c-kitはレセプターチロシンキナーゼ(KITレセプター)をコードしており、そのリガンドはSCF(stem cell factor)である。メラノサイト・赤芽球系細胞・生殖細胞・マスト細胞のほかカハール介在細胞も、SCF-KITレセプターシステムを細胞の分化・増殖に必須としており、c-kit遺伝子の機能喪失性突然変異動物ではこれらの細胞の欠損症状が出現する。消化管の自発運動を調節しているカハール介在細胞の欠損は、消化管の自動運動低下や胆汁逆流をもたらす。KITレセプターが分化・増殖に必須であるマスト細胞にはc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が原因と考えられるマスト細胞腫の発生が知られていたので、カハール介在細胞にもc-kit遺伝子の機能獲得性突然変異が原因と考えられる腫瘍が存在するのではないかと考えた。われわれは消化管の間葉細胞腫を対象としてKITレセプターの発現を調べたところ、その多くにKITレセプターの発現が見られ、さらにc-kit遺伝子のシークエンスを行うと、多くの腫瘍に傍膜貫通領域の突然変異をみつけた。この変異は、KITレセプターのチロシンキナーゼ活性を恒常的に活性化させており、機能獲得性突然変異であることがわかった。また、IL-3依存性に増殖するBa/F3培養細胞株にこの変異を導入すると、IL-3がなくても自律性に増殖するようになり、ヌードマウスの皮下に移植すると腫瘍を形成したことから、生物学的にも細胞の腫瘍化に重要な突然変異であることがわかった。この研究の過程で、消化管の間葉細胞腫が多発する家系を見つけた。そこで、この家系の患者のの腫瘍組織にc-kit遺伝子に変異がないかどうか調べた。すると、単発性の間葉細胞腫の場合と同様、c-kit遺伝子の傍膜貫通領域に突然変異をみつけ、さらに患者の末梢血白血球にも突然変異が認められた。この突然変異も機能獲得性であることがわかり、c-kit遺伝子の傍膜貫通領域の突然変異は消化管の間葉細胞腫の発生に極めて重要であることが示された。
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