癌転移の初期像は、細胞接着分子を介した内皮細胞への癌細胞の接着と、内皮からの脱接着と連動した細胞骨格の再構築による内皮間隙から間質への癌細胞の遊走から構成されている。前者に関する研究は近年、大きな進歩があったが、後者は全く不明である。筆者らは白血球の細胞接着制御の研究の過程で、インテグリン依存性の細胞接着と細胞運動を制御する細胞膜GPIアンカー蛋白質を同定し、GRIF-1と銘々した(GPI-80と改名)。GPI-80遺伝子を導入したCHO細胞では、インテグリン依存性の細胞接着が抑制されることを既に観察していた。そこで初めに予備的実験として、GPI-80遺伝子導入CHO細胞をヌードマウスに尾静脈から移入し、肺への転移抑制効果について検討した。その結果、正常CHO細胞移植コントロール群に比べて、GPI-80遺伝子導入群では明らかに肺への転移が抑制された。したがって、この結果からGPI-80は、癌の転移抑制に対して有効に作用する可能性が示唆された。 次に、高転移系のB16細胞株にGPI-80遺伝子を導入したがGPI-80の発現は低く、やがて消失する傾向が見られた。これは高転移系細胞株ではGPI-80分子の発現を抑制する機構が存在している可能性が考えられる。その理由として、GPI-80遺伝子の存在する染色体座位はヒトでは染色体6番の長腕であり、この領域は癌細胞の転移・増殖を抑制する領域として知られている部位である。したがって、高転移系細胞株に遺伝子導入GPI-80を発現させると、細胞増殖を抑制し、GPI-80高発現のtransformantが消失してしまうのではないかと考えられる。今後、種々の細胞株と哺乳類細胞発現vectorの組み合わせを試み、高転移系細胞株にGPI-80発現型のtransformantsを作製していく予定である。
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