ノシセプチン(Nociceptin)は最近単離された神経ペプチドで、その情報伝達の生理的重要性は明らかではない。我々はノシセプチン受容体欠損マウスの作製と解析により、ノシセプチンの生理機能の解明を目指している。 ノシセプチン前駆体とノシセプチン受容体は海馬領域にも高発現し、記憶学習などの機能に関与すると予想することも可能である。我々はノシセプチン受容体ノックアウトマウスを利用して、行動学的実験と電気生理学的実験を遂行した。行動学的実験においては、水探索学習行動、モリス水迷路学習と受動回避学習試験の3種の異なった実験系において、ノシセプチン受容体欠損マウスは正常マウスよりも記憶学習能力が高いことが明らかになった。電気生理学的解析においては、変異マウスの海馬CA1領域の長期増強の振幅は正常マウスのものと比較して上昇していることが明らかにされた。以上の結果は、ノシセプチン受容体欠損変異は記憶学習と長期増強のgain of functionの表現系を示すことを証明しており、ノシセプチンによる情報伝達は正常個体においては記憶学習と長期増強の負の調節をすることが強く示唆された。一方、脳内投与されたノシセプチンは疼痛閾値低下作用を示すが、ノシセプチン受容体欠損マウスでは疼痛閾値の異常は見い出せず、ノシセプチンの薬理作用と変異マウスの表現系に矛盾が生じていた。この関係を明らかにするために、ノシセプチン受容体アンタゴニスト活性を有するオピオイド系薬物(naloxon benzoyihydrazone)を見い出し、正常マウスとノシセプチン受容体欠損マウスに対するその薬理作用を検討した。その結果、通常ではノシセプチンによる情報伝達系は生理的疼痛閾値調節に寄与しているが、受容体欠損マウスにおいてはノシセプチン情報伝達の欠失による異常を他の情報伝達系により打ち消していることを明らかにした。 以上の結果は、単にノシセプチンによる情報伝達の生理機能を明らかにしただけではなく、ノシセプチン情報伝達を阻害する薬物は優れた鎮痛薬や記憶学習強化薬になりうる可能性を実験的に示していることとしても注目される。
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