研究概要 |
シナプス伝達の長期増強(LTP)は,1973年に海馬で発見されて以来,記憶学習の基礎メカニズムと考えられてきた.最近のノックアウトマウスを用いた研究は,この仮説を強く示唆する.しかし,一般に記憶学習に関与する神経回路の複雑さから,LTPと記憶学習の関係を神経回路をふまえて説明することは難しい.本研究代表者らは,神経回路が同定されている上に,単一の中枢ニューロンの単一の活動電位によってトリガーされる硬骨魚の逃避反射を実験標本に用いて,学習におけるLTPの役割を明らかにしようとした. 硬骨魚の最大の網様体脊髄路ニューロンであり延髄の左右に一対存在するM-細胞は,音刺激による逃避運動(C-start)をトリガーする.C-startは基本的に,内耳有毛細胞・M-細胞・脊髄運動ニューロンの3ニューロン回路により発現し,音刺激からわずか10msecで起こる.我々は逃避運動の閾値以下の音刺激を繰り返すと40分以上持続する脱感作が生じることを見いだした. 脱感作を誘導する音刺激を与えると,聴神経が両側のM-細胞に誘発する抑制性シナプスコンダクタンスが,1時間以上増大した.一方,興奮性のcoupling potentialやM-細胞の反回性抑制には変化が見られない故,聴覚入力からM-細胞への抑制回路が選択的にLTPを発現したことが結論された.弱い音刺激を繰り返し与えると聴神経からM-細胞への抑制性応答が選択的に長期増強し,その結果,興奮性聴覚入力に対するM-細胞の活動電位発生率が下がり,逃避運動が長期間抑圧されると考えられる.このように,LTPと学習とのリンクを同定された神経細胞の上で初めて明らかにした.本研究成果は,Nature誌に発表した.
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