時差ぼけ、痴呆の夜間徘徊、うつ病、睡眠覚醒リズム障害など、体内時計の不調は種々の精神疾患や自律神経失調に関わっていることが明らかになりつつある。また、体内時計が季節性変動にかかわっていることは体内時計への光入力の時間的長さを視交叉上核が記憶していることにほかならない。申請者は体内時計の位置する視交叉上核神経で、光によるリセット効果や、日照時間の長さを可塑的に記憶するメカニズムが存在する可能性を明らかにしようと考えた。夜交叉上核への興奮性入力機構に可塑性が生ずるかいなかについて調べた。視神経を低頻度刺激すると視交叉上核からfieldEPSPが記録できた。視神経を高頻度刺激するとこのシナップスに長期増強現象(LTP)が出現する事がわかった。また、視神経刺激やNMDA投与により視交叉上核からグルタメートが放出されることも明らかにした。この事は光同調時に視神経から放出されたグルタメートがその後、NMDA受容体を活性化し興奮性入力を可塑的に変化させる事が重要であると言えた。ハムスターを恒暗条件に飼育し、動物の輪回し開始8時間後に光照射を行なうと輪回し開始時刻は2時間ほど前進することが分かる。よく観察すると、この位相前進はその後2-3日かかって終了し、新しい位相に落ち着くが、その神経機構については謎であった。ところで、縫線核のセロトニン受容体のオートレセプターに作用する薬物を光照射の翌日もしくは翌々日の照射時刻とほぼ同じ時刻に単独投与したところ著明な位相前進が発現した。この化合物を光照射した時刻と無関係な時刻に翌日投与しても、促進作用は全く認められなかった。以上、本研究は体内時計によるサーカディアンリズム機構における光の履歴効果を説明し、このことが冬季うつ病の発症機構の解明や、時差ぼけ、痴呆の夜間徘徊に対する高照度光療法のメカニズム解明に役立つものと考えられる。
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