左右の耳に到達する音のミリ秒以下の僅かな時間差が脳幹の神経回路網によって検出されることは良く知られているが、その一方で言語などでクリティ力ルな遅い(0.1-10秒)範囲での音の時間差が如何に検出され、処理されているかは不明である。例を挙げればinuとuniは明らかに違って聞こえるが、しかし何故違いが判るのか、その神経機構は自明ではない。古典的な破壊実験は聴覚野が音の時間パターンの弁別に必須であることを示している。従って我々は大脳聴覚野にこの範囲の時間差の検出・保持機構が存在するのではないかと考え、モデル実験を行った。大脳聴覚野の悩切片標本を作成し、白質上の二点を高頻度(100ヘルツ、30発)で刺激した。この高頻度刺激を二点間で時間差をつけて行うことで、それぞれの刺激に対する反応(LTPの起こり方)がどうなるかを解析した。先ず最初に電場電位でLTPを記録してみると、時間差が0.5秒から10秒存在した場合、先行刺激にのみ選択的にLTPが起きた。時間差がないか15秒以上の場合は、そのような差は明確でなかった。同様の実験を視覚野切片標本を用いて行ったが、時間差に応じて可塑性の起き方が変化することはなかった。このような現象を生じるメカニズムとして先行刺激によって抑制ニューロンが刺激された結果、2度目の刺激効果が薄れるという説明が存在し得る。しかしGABA_A容体やGABA_B受容体の阻害剤を用いても効果がなかった。更に高頻度刺激によるカルシウム上昇反応を見ても、一度目と二度目で殆ど差が見られなかった。さらにLTPの起きる範囲を可視化するため、白質刺激に対するカルシウム上昇反応を画像として捉えた。その結果、時間差をつけた高頻度刺激を行うと、先行刺激に対するLTPが広範囲に起きるのに対し、後の刺激に対しては狭い範囲でしか起きないということが明確に示された。
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