本研究の目的は、化学反応に於て量子効果によって生ずる「反応のダイナミックスの新しい局面」を切り開くために、固体パラ水素という量子性のある媒質を溶媒に用いた化学反応の研究を展開することにある。具体的には(1)量子効果(トンネル効果)による反応の直接検出、および(2)エネルギー準位の量子性や非調和性あるいは溶媒の再配置の効果などについて媒質の量子性が反応のダイナミックスに及ぼす影響を解明すること、を目指して研究を進めた。本年度は以下のような成果を得た。(1)トンネル反応に及ぼす媒質の量子効果。固体パラ水素中に捕捉したフリーラジカルなどの不安定分子は、まわりの水素分子とX+H_2→XH+Hなどの反応をおこす。系が極低温であることからこの反応過程を解析することによって、化学反応におけるトンネル効果の寄与の詳細な研究ができる。メチルラジカルが水素分子と反応してメタンになる反応について詳細な実験を行ったところ、トンネルにより減少するラジカルの時間依存性が簡単な指数関数ではないことが明らかになった。これはトンネル反応における多次元性が影響していると考えられ、現在さらに実験データーをより詳細なものにしているとともに、理論計算による解析を行っている。(2)振動励起状態の緩和機構について。水素中のメタンの振動回転線幅の温度依存性を観測し、純位相緩和について検討を行った。線幅の温度依存性が温度のべき乗的な振る舞いをすることが明らかとなり、緩和がフォノン全体で起きていることを示した。現在、これまで得られている振動回転遷移の線形・線幅の温度・圧力依存性などのデーターをもとに、緩和のダイナミックスにおよぼす媒質の量子性や非調和性あるいは溶媒の再配置の効果の影響に関する定量的な解析を行っている。
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