量子固体の一つとして知られる固体水素中に捕捉した分子の光学遷移の線幅は気相に比べても2桁以上狭いため、固体内の分子の運動状態・分子間相互作用・反応動力学についての高分解能分光による詳細な研究ができる。本研究ではこの固体水素の高分解能特性を生かして、量子凝縮相中の分子の励起状態の緩和過程や化学反応性を高分解能振動回転分光により調べ、溶媒の量子性が緩和や反応などのダイナミックスにおよぼす効果を微視的な観点から解明する事を目的とした。その結果以下のような成果を得た。 (1)量子性媒質中での電子・振動励起状態の緩和。固体水素中に捕捉した分子の振動位相緩和の温度依存性がT^4に比例していることを明らかにし、古典的媒質のT^7依存性とは本質的に異なる結果を得た。また、量子固体中の分子の核スピン緩和に関して分子内のスピン-回転相互作用と、まわりの結晶との回転-格子(1光子)相互作用によって引き起こされていることを示した。 (2)量子性媒質中で電荷。固体水素中における電子、正電荷の存在形態を明らかにするため、放射線照射した固体水素の赤外吸収スペクトルを測定・解析し、生成したイオンの電場によって誘起された、線幅が約60MHzと非常に細い吸収線を多数観測した。 (3)トンネル反応に及ぼす量子効果。固体パラ水素中に捕捉したラジカルが関与するX+H_2→XH+H型のトンネル反応過程について赤外分光で直接観側を行った。その結果、ゼロ点振動エネルギーのわずかな違いがトンネル反応速度に大きな影響を及ぼすことを示した。またトンネル反応速度の振動量子数依存性も明らかにした。
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