研究概要 |
研究成果は次の2点にまとめられる。 (1)ビアントラセン(BA)分子内電荷移動反応における溶媒効果の分子レベルの描像を、BA-アセトニトリル気相クラスターを用いること得ることができた。 (2)エレクトロスプレー-レーザー誘起ケイ光法を用い、タンパク質の発光スペクトルを観測し、それによってタンパク質のコンフォーメーション変化における溶媒の役割の一端を解明した。 9,9'-ビアントラセン(BA)は極性溶媒中で電子励起状態から「電荷移動反応」を起こす典型的な分子である。本研究では、アセトニトリル(ACN)との気相クラスターを生成し、付着したACN分子数を規定したクラスターにおいて「電荷移動反応」を観測し、溶媒分子数と「電荷移動反応」の関連を解明することを試みた。その結果、ACN分子が5個以上付着したクラスターの吸収帯を同定し、その発光スペクトル・発光寿命の測定に成功した。この測定から、BA(ACN)_nクラスターのいずれにおいても光励起後に「電荷移動反応」が起こっていることが示唆された。つまり、ACNが1個付着すると、発光スペクトルは励起波長から数1000cm^<-1>長波長へシフトしており、発光寿命も20ns程度へと長くなっている。「溶媒分子」によって安定化した状態へと反応が起こり、その生成状態は基底状態との遷移が禁制である「電荷移動状態」であると考えられる。溶媒分子は1〜3個ではその効果は大きく変化しないが、4個以上でストークスシフト、発光寿命ともほぼ室温溶液中での挙動と一致した。まだ、クラスターの局所構造については不明であるが、4個のACNがBAの周囲で重要な役割を果たしている可能性があると思われる。 アミノ酸・タンパク質など生体高分子は溶液中で安定に存在するが、熱に対して不安定なため気相孤立分子として取り出すことは難しい。これを解決する方法としてエレクトロスプレー(ES)法が用いられるが、本研究ではES法によって生成した生体高分子イオン(チトクロームcなど)のレーザー誘起ケイ光法による観測を行った。酢酸によって変性されたチトクロームcをESし、レーザー励起するとトリプトファン残基の発光が観測された。この発光はチトクロームcの周囲の溶媒分子が脱離していくと共に強くなることが示唆され、溶媒が失われることによってコンフォメーション変化が起こり発光確率が増加するためと考えられる。
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