完成した脊椎動物の脳では、領域ごとに異なる形態的特徴と機能分担が見られる。本研究は、脳の部域特異的組織形成の基礎と考えられる神経上皮細胞上のパターン形成機構の解明を目的としている。発生中の神経上皮細胞のシート上には、転写制御因子やシグナル分子といった様々な発生の制御因子が、領域特異的に発現している。これらの発現境界はよく一致し、しばしば完成した脳の組織構造の境界にも一致しているように見受けられることから、初期の脳の基本構成を理解する手がかりであると考えられている。 我々は、このような仮説の実験的検証として、神経上皮細胞に見られる遺伝子発現境界が、脳組織構築に果たす役割について解析を行っている。今年度は、このような課題の遂行に必要不可欠であると考えられる新しい実験手法を開発した。すなわち、ニワトリ胚の原腸胚を摘出してin vitroで培養し(New culture)、電気せん孔法によって遺伝子導入するという方法を開発した。in ovoでの遺伝子導入法はすでにいくつか確立されているが、神経板形成時の初期胚に適用できるものはなかったためである。結果として、非常に高率で初期神経板に遺伝子導入することに成功した。これらの遺伝子導入した胚は、そのままin vitroで30時間ほど培養することが可能であることもわかった。また、遺伝子導入した細胞、組織の最終的な運命を知る手だてとして、遺伝子導入領域の一部を切り出し、正常胚の等価な部位にin ovoで移植することにより、孵化段階まで発生を進めることが可能であることも示された。この方法を用いて、発生の制御因子の領域特異的発現、特に発現境界の意義について、体系的な異所性発現実験を遂行中である。現在までに、主要な制御因子の全長をコードするcDNAを組み込んだ発現ベクターを多数作成することに成功している。
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