完成した脊椎動物の脳では、領域ごとに異なる形態的特徴と機能分担が見られる。本研究は、脳の部域特異的組織構築の基礎と考えられる神経上皮細胞上のパターン形成機構の解明を目的としている。発生中の神経上皮細胞のシート上には、転写制御因子やシグナル分子といった、様々な発生の制御因子が領域特異的に発現している。これらの発現境界はよく一致し、しばしば完成した脳の組織構造の境界にも一致して見受けられることから、初期の脳の基本構成を理解する手がかりであると考えられている。 我々は、パターン形成に関与するシグナル分子に対する領域特異的な反応性に注目し、この分子機構に関して検討を行った。ホメオボックス型の転写制御因子であるSix3とIrx3は、それぞれ神経板の前方と後方に相補的に発現する。これらの発現を電気せん孔法によって異所的に誘導すると、シグナル分子SHHとFGF8に対する反応性がそれに伴って変化した。また、Six3はIrx3の発現を抑制することが明らかとなった。これらの結果から、これらの転写因子の相互作用の結果、同一のシグナル分子に対して反応性の異なるドメインが、神経板の前後に確立されることがわかった。このことは、神経板における初期の前後パターン形成と、SHHによる腹部パターン形成、FGF8による局所パターン形成の重ね合わせによって、より多様で複雑な領域特異性を産み出すメカニズムの一端を明らかにしたことになる。現在、Six3とIrx3の発現制御機構について解析を行うとともに、両者の接点が脳のどの部位に対応するか、また、他の領域特異的転写因子との相互作用について検討をおこなっている。
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