本研究は、これまでにホメオドメイン型転写因子のSix3とIrx3が、それぞれ前脳の前部と後部においてシグナル分子に対する反応特異性を規定することで、前脳内の領域特異性が確立されることを明らかにした。しかしながら、これらの実験は機能獲得実験の結果に基づくものであったため、本年度はこのうちSix3について、ノックアウトマウスによる機能喪失実験を米国のG. Oliverと共同研究によって行った。Six3のミュータントでは重篤な頭部欠失がみとめられるが、この表現型の機序として、1)Wntシグナルの抑制によって、頭部前方でSix3の発現が起こること、2)Six3はWnt1の発現を抑制することを見いだした。すなわち、Six3の欠損によって後方化シグナルであるWntシグナルが過度に前部神経版に作用し、前方のアイデンティティーを維持できなくなったために、頭部前端の欠失が起こったと結論づけた。動物の前部形成において、Wntシグナルを様々な手段で抑制することが報告されているが、この結果はSiX3が転写因子としての機能によって、Wntシグナル制御のネットワークにおいて中心的な役割を果たしていることを示唆している。これらの結果は論文にまとめ、雑誌Genes and Developmentに掲載された。次に、終脳における部域化のしくみについて、エレクトロポレーション法を用いたニワトリ胚の実験系で解析を行った。この問題に関して従来の説では、大脳基底核となる終脳腹側部の形質は、終脳の最腹側部から分泌されるソニックヘジホッグの作用によって規定されるとされている。本研究では、これまでの様々な知見を総合し、Wntシグナル経路が終脳の領域化に果たす役割について検討した。結果として、Wntシグナルを正に制御すると終脳背側部が拡大し、腹側部は著しく減少した。Wntシグナルは、上述のとおり初期神経板の前後軸に沿ったパターン形成に重要な働きをすることが明らかになっているため、この結果により、終脳は最初に前後軸に沿って領域化され、それが将来の終脳腹側部、背側部の形質獲得の基盤となっていることが示唆された。
|