我々の脳は、多種類且つ多数の神経細胞がそれぞれ軸索と樹上突起を伸ばし、特異結合を形成した極めて複雑な組織であるが、発生過程を見れば、個々の神経細胞による細胞間相互作用を経た細胞識別の積み重ねにより形成される。この研究計画では、これまでに最も詳細にネットワーク形成の現象が研究されてきた実験系の一つである運動ニューロンをモデルとして取り上げ、運動ニューロンとして殆ど全ての分子的発現様式は同一と考えられる中、それぞれのサブタイプがどのような分子群を発現することにより細胞識別を可能にし、神経支配における不連続的なidentityを表現できるのかを明らかにすることを目的とする。 細胞識別は細胞表面の膜蛋白や細胞から放出される成長因子により制御されているため、このような分子のcDNAを選択的にクローニングするシグナルシークエンストラップ法を用いることとして、北村(東大)らによって開発されたレトロウイルスを用いた発現解析系(SST-REX)を採用した。ニワトリ5.5-6日目胚脊髄から、ニワトリ胚運動ニューロンに特異的に発現される細胞接着分子SC1に対するモノクローナル抗体を使用したパンニング法により、運動ニューロンを精製しそのRNAを回収し、cDNAを作成し、スクリーニングした結果、これまでに235細胞株を解析した。得られた大半のcDNAは既知分子やシグナルシークエンスを持たない分子であったが、明確なシグナルシークエンスを持つ12個の未知分子を得た。現在さらにクローニングを継続すると共に、得られた未知分子と既知分子の中でも可能性の有る分子の運動ニューロンサブタイプでの発現をin situハイブリダイゼーションで解析し、細胞識別に関与するかどうかを検討中である。
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