本研究では、2次元、あるいは、1次元性の表面新物質、および、2次元的な高温超電導物質などの新物質の電子状態を解析し、新奇な電子物性の発現メカニズムを解明するために最も適した測定方法である放射光励起の2次元表示型角度分解光電子分光装置を開発した。そして、それにより、標準的な2次元物質である単結晶グラファイト、および、表面系として代表的なSi(100)表面の電子状態の研究を行った。 本測定装置を立命館大学SRセンターBL-7に専用ビームラインとして開発した。大門が発明した2次元球面鏡電子エネルギー分析器は電子の運動エネルギーを分析しながら、非常に広い立体角に放出される電子の角度分布を同時に測定できる。そのため、従来行われているような検出立体角が非常に小さい小型のエネルギー分析器を試料の周りで回転させる角度分解光電子分光と比べると、ブリルアンゾーンの非常に広い領域のデータを短時間で同時測定できる。この短時間に測定できることは、表面敏感な性質を持つ物質の物性を測定する際にはきわめて重要な利点である。放射光の分光器には、東京大学物性研究所で利用が終了した変形ローランド型斜入射分光器を立命館大学に移設・整備した。本ビームラインでは30-150eVのエネルギー範囲で水平面内で直線偏光した放射光が得られている。 装置は、光電子分光のための測定室、表面清浄化・蒸着などができる試料作製室、試料導入室からなり、いずれも超高真空に排気されている。2次元表示型エネルギー分析器の立ち上げ・性能評価は、グラファイトの低速電子回折像の観測などにより行った。グラファイトの2次元表示型角度分解光電子分光の結果では、(i)+-50°の立体角で光電子放出を測定でき、フェルミ面の形状を決定し、(ii)第1から第2ブリルアンゾーンの全領域のバンド構造を測定し、(iii)それにより、光電子放出の際の構造因子を求め、(iv)励起光の直線偏光特性を活用し、本研究テーマとしている電子の偏光マッピングの測定により、価電子バンドを構成する原子軌道を決定した。Si(100)表面では、Si表面ダイマー原子のダングリングボンドからの光電子放出パターンと、ブリルアンゾーンの原点付近のバルクの電子状態を分離検出できた。 以上の結果から、本研究で開発した放射光励起2次元表示型角度分解光電子分光装置により2次元層状物質、表面物質の電子状態が測定でき、従来のエネルギー分析器を回転させて行う光電子分光と比較して、飛躍的に多くの知見が得られることを示した。今後は、表面上に創り出せる1次元性の強い新物質、2次元性の高温超伝導体、強相関電子物質などの電子状態を測定し、それらの新物性の発現メカニズムの解明を行う。
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