この研究課題に関連して、私は、研究発表の項目に詳述したように、以下の四論文を執筆した。すなわち、「アリストテレスの奴隷論」、「アリストテレスの『政治学』における市民と国制の概念」、「現代の政治哲学における基本的論点と問題点」、「アリストテレスの『政治学』における中間の国制」である。第一の論文において、私は、アリストテレスが奴隷制を国家構成の必要不可欠な要素として正当化する際の論理そのもののうちに、人間に関する自己矛盾した観念が潜在することを指摘し、これがやがて奴隷制の否定と人間の平等の確立へと導きうる思想的基盤でありうることを明らかにした。第二の論文においては、アリストテレスの市民概念が純粋な政治的能力によって規定されていることにより、人種、性、出自、階級などに基づく従来の市民概念を打破しうる起爆力をもつことを明らかにし、そこからデモクラシーの国制を擁護しうることを論じた。第三の論文においては、現代の政治哲学が、文化的多元性という精神的状況を絶対に覆しえない歴史的前提として受容することにより、異なる文化や宗教を共存せしめる共通の地盤として正義の概念を追求していることを明らかにし、これを自由と平等を至上価値とする人権思想の実現のうちに見定めていることを論じた。第四の論文においては、デモクラシーの政治理念が、アリストテレスの倫理思想における中庸としての徳とフロネーシスの概念とに緊密な連関をもつことを明らかにし、したがって、極端に貧しい大衆の支配する国制でもなく、少数の有徳な富裕層の支配する国制でもなく、徳においても財においても中位の中産階級が大勢を占める国制がもっとも望ましい国制であることを論じた。アリストテレスはこの国制を単に「国制」と呼んだが、これが現代のデモクラシーに他ならないのである。以上がこの三年間にわたる研究成果であるが、まだ経済問題と教育思想が残されており、これらを論じて初めてアリストテレスの政治思想の全貌が明らかになるであろう。
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