研究課題
基盤研究(B)
中国における通俗文学の発展は、古代の祭祀に淵源を発する長い準備期間を経た後、十世紀以降、宋代になって本格化する。したがって通俗文学の発展を跡づけようとすれば、まず宋代以前の祭礼歌謡や口承文芸の内容、およびその表現技法などに関する基本的な視座を確立しておかねばならない。小南一郎の「語り物文芸の形成一-漢から宋へ」は、それぞれの作品の存在する意味を、その文芸を育んだ社会の中での語りの場との関係を通して考える手法を用いながら、語り物文芸の系譜をたどる。一連の文言小説作品に見えるように、唐代に至って、士大夫層の語りの場が高度な表現力を鍛え上げたにも関わらず、宋代に入ると、作品の享受層が都市住民層に変化したことによって語りの場そのものが質的な転換を余儀なくされ、語り物文芸は内容や表現のあり方について再出発を迫られた。その結果、都市住民層の生活言語である白話(口語)の表現力を高める中で、彼らの持つ社会観や人間観を反映した作品を改めて文字に定着させていくことになる。以上のような認識を全員の共通理解としつつ、他の分担者は様々なテーマについて考察を加えた。井波律子は語り手という存在に焦点を合わせて、明末の代表的な説書芸人である柳敬亭の事跡をたどり、柳敬亭の芸の力が彼の生き方そのものと深く繋がっていることを論じた。また幸田露伴が日本で比較的早く中国戯曲を系統的に紹介したこと、および彼の小説の題材と中国戯曲の関係について考察した。濱田麻矢と井波陵一は現代女性作家の張愛玲が著した『紅楼夢魘』を材料に、張愛玲が小説家として『紅楼夢』を読み解く手法について考えた。また赤松紀彦は中国伝統劇の俳優の隈取りについて考察をすすめ、金文京と矢木毅は韓国の諸機関に所蔵される中国通俗文学や中国語に関する書物について調査に当たった。
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