本研究の目的は、組成・構造・内部状態を規定した気相クラスターを対象とした実験的研究によって、溶質と溶媒間の微視的相互作用によって無輻射過程がどのように制御されるかを明らかにすることにある。研究初年度である本年度は、新たに高出力の色素レーザーを導入し、高感度な多重共鳴レーザー分光実験を実施できるシステムの構築を行った。また、飛行時間型質量分析器の立ち上げを行なった。以上の研究環境の整備にもとづいて、下記の結果を得た。 1. 溶液中では溶媒によって項間交差の反応速度が大きく変化するアクリジンおよびアクリドンについて、単体および水クラスターの気相電子スペクトルを初めて観測した。アクリジンでは、電子励起後に項間交差反応が進行していることを増感りん光法を用いて直接的に確認した。アクリドンでは、溶媒和によって蛍光量子収率が急激に大きくなることがピコ秒時間分解計測から明らかになった。また、クラスターの水和構造を明らかにするため、2重共鳴法により赤外スペクトルを測定した。特にアクリドンでは、水和ネットワークの段階的変化を示唆する結果が得られている。 2. ベンゼン2量体について、電子励起状態におけるバンドオリジンの分裂や分子間振動構造を解明するため、共鳴光イオン化スペクトルおよび蛍光検出2重共鳴スペクトルの測定を行った。 3. π型水素結合を有する芳香族分子クラスターにおける、溶媒分子の3次元内部回転運動を解析する手法の確立を行った。ベンゼン・水ならびにアントラセン・アンモニアを対象とし、分子間ポテンシャルの形状とエネルギー準位構造の相関を明らかにした。 4. ピコ秒時間分解ポンプ-プローブ法を用いた回転コヒーレンス分光によって、シアノアントラセンとアルゴンよりなるクラスターの構造を決定し、類似の系であるアントラセンクラスターとは異なり、いわゆるwetタイプの溶媒構造が安定であることを明らかにした。
|