小分子の関与する電子移動過程は生体内のエネルギー変換や環境問題等に直接関わっているが、反応種間の電子的相互作用や活性化状態をとりまく溶媒分子の配向変化等につての定量的な知見は全く得られていない。また、ブルー銅タンパクに代表される生体内金属酵素の反応活性は、構造規制を利用した反応過程であるとされてきているにもかかわらず、類似構造のモデル錯体によるアプローチは成功しているとは言えない。またその反応機構の無機化学的、物理化学的理解が正しくなされてない。申請者は最も単純な構造を有する小さな銅錯体についても構造選択性が出る事を見い出した。 申請者は、これまでに高圧化学的手法を用いた溶液内酸化還元過程の研究解析法を確立し、非断熱系を含む多くの酸化還元系で、体積を用いた解析が従来の自由エネルギーに基づく手法より、実験事実を精度良く合理的に説明できることを立証してきた。本研究においては申請者がこれまでに開発してきた高圧化学的手法を駆使して、無機小分子や銅錯体、有機錫錯体等を対象として、置換不活性な金属錯体を用いた外圏電子移動過程や置換活性な金属錯体を用いた内圏電子移動過程における活性化プロセスを、体積をパラメータとして解明することを目的として本研究を開始した。 しかし、銅(II)/(I)錯体の関与する外圏的電子移動反応に関する基礎的研究を遂行する過程において、電子移動に先立って構造変化を起こす反応系についての先駆的知見を得るに至ったため、このような反応系のエネルギー論的考察をはじめとして、反応の本質を理解する上で重要な実験的検証を積み重ねたために多くの時間を費やしてしまった。その結果、当初の目的である高圧化学的検討についてはまだ緒についたばがりであり、超臨界流体中における熱異性化反応に関するわずかな知見を得たのみであるが、この報告書に記載されている発見の重要性と理論的展開の有用性を考慮した時、今後の高圧化学的展開をふくめて、本研究費は極めて有効に使用されたことを御理解いただけるものと考えている。本研究の社会的価値を示す指標として、国内関連学会における招待講演の他、数多くの国際会議における発表や、平成13年度に米国で開催される無機反応機構に関するGordon Research Conferenceでの招待講演があげられる。特にGRCは米国において開催される国際的に権威ある会合であり、本研究の成果に対する国内外における評価の高さが理解されたものと考えている。
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