モリブデンのテトラヒドリド錯体[MoH_4(Ph_2PCH_2CH_2PPh_2)_2](1)はアリールシラン類とトルエン中還流下に反応させることにより、Si-H結合の開裂を伴う酸化的付加反応に加えて、ホスフィン配位子に結合したフェニル基のニつのオルソ位のC-H結合の活性化が同時に起こってP_〜P_〜Si_〜P_〜P骨核からなる新規5座配位子を有するトリヒドリド錯体2が得られることが見出された。錯体2はさらに過剰のフェニルシランとの反応で、5座配位骨核を保ったまま新たなジシリル型の錯体3を生成する。この錯体3はトルエンのような非極性の溶媒に溶解して一定時間撹拌すると、もとのトリヒドリド錯体2に戻る。この場合には、化学量理論的に考えると錯体3からシリレンが中間体として脱離していることが推測される。これを実験的に検証するために、錯体3をメタノール存在下にトルエン中で撹拌を行い、その溶液部分をガスクロマトグラフ質量分析計により解析したところ、トリメトキシフェニルシランが生成していることが認められた。このことは最初にシリレンが生成し、これがメタノールによりトラップされてメトキシフェニルシランとなり、それがさらに過剰のメタノールと反応して三級シランが生じたことを示唆するものである。今後、本科学研究費補助金により導入した液体クロマトグラフ質量分析計を有効に活用することにより、シリレン発生に関する情報をより厳密に精査することが可能になることと思われる。また、錯体2は二硫化炭素や二酸化炭素と反応して、やはり5座配位骨核を保持したまま、それぞれがモリブデン-水素結合に挿入したと思われる新規錯体を与えることが認められた。これら反応生成物についても、液体クロマトグラフ質量分析計により構造推定に有効な情報が得られることが期待される。
|