研究概要 |
遷移金属錯体、とりわけPdやRuのような後周期遷移金属錯体を用いる高選択的な触媒的有機合成反応について、近年のその発展ぶりはめざましいものがある。一方、前周期遷移金属のなかでも比較的後の方に位置する6族金属は、前周期・後周期双方の性質を併せ持つ点で興味が持たれるが、選択的な有機合成に応用されている例は少ない。そこで、labileな配位子をもつ6族遷移金属の錯体を種々合成し、これを用いて様々な有機基質との一連の反応を追及し、有機化合物における新たな高選択的骨格形成反応を開発することを目的として、「6族有機金属錯体を用いる高効率結合切断・形成反応の開発」との研究テーマを設定して、次の3つの研究を遂行した。(1)テトラヒドリド錯体[MH_4(Ph_2PCH_2CH_2PPh_2)_2](M=Mo,W)を溶液中で光照射または加熱することによって生じる配位不飽和種による、C-H、C-C、N-H、C-O、Si-H、Ge-H結合等の選択的な活性化を体系的に追求し、反応の結果生じる新規錯体の反応性を検討することによって、この錯体を用いる有機基質における結合の切断・形成についての基礎的な知見を得た。(2)[(η^5-C_5H_5)_2MH_2](M=Mo,W)のタイプの錯体について、これをプロトン化して生じるトリヒドリド錯体の高い反応性に注目して、ケトン、アルデヒド、イミン、アリルアルコールなどの選択的な還元反応について新たな系を構築することができた。(3)モリブデノセンのカルベン誘導体の合成に挑戦し、新規カルベン錯体の生成を確認した。本研究を通して、有機化合物の特定の結合の開裂を伴う、モリブデンやタングステンの関わる様々な素反応を新たに見出すことができた。こうした酸化的付加反応や還元的脱離機構の組み合わせで種々の結合の新規形成ルートの開発に至る道筋が拓かれたといえる。
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