隣接するヘテロ元素によって安定化されたビニルアニオンは、有機合成化学において重要な反応中間体として広く利用されている。しかしながら、リンによって安定化されたビニルアニオンは、同様にその有用性が期待できるにも関わらず、その活用例はほとんど報告されていない。この主な理由として、アニオン重合やアリルアニオンへの異性化を抑制することが難しいなどの問題点が挙げられる。そこで我々は、これらの問題点を解決し、広範囲の合成反応に利用することができるリン官能基によって安定化されたビニルアニオンを調製するため、β-エトキシビニルホスホナートを合成し、そのビニルアニオンの生成と反応性についての検討を行なった。 まずビニルアニオンを調製するために、β-エトキシビニルホスホナートと種々の塩基との反応について検討した。その結果、LDAを用いると容易にα-リチオ-β-エトキシビニルホスホナートが調製できることがわかった。調製したビニルアニオンは、-78℃では重合や異性化が進行せず、安定に存在することがわかった。さらに、このビニルアニオンはヘテロ元素求電子剤と速やかに反応し、α-ヘテロ元素(ケイ素、スズ、ヨウ素)置換ビニルホスホナートを高収率で与えることを見い出した。 次にα-ヘテロ元素置換ビニルホスホナートに導入したヘテロ元素に注目し、それぞれのヘテロ元素に特徴的な反応を利用したビニルリン化合物の官能基化について検討した。ケイ素を導入したビニルホスホナートについては、Friedel-Crafts反応を行なうことにより、ビニルアニオンからは直接導入することができないアシル基の導入に成功した。またスズやヨウ素を導入したビニルホスホナートはパラジウム触媒をりようしたカップリング反応により、リン官能基を有する共役不飽和化合物へと誘導する手法を見い出した。
|