研究概要 |
イトマキヒトデはその捕食者であるニチリンヒトデに対して忌避行動を示す。ヒトデ類が天敵に忌避行動を示す例は、イトマキヒトデのみである。我々はイトマキヒトデに忌避行動を起こさせるニチリンヒトデの生体成分の単離と構造決定を行っているが、今年度は生物検定試験の定量性の向上とそれをもとにした効率の良い分離、精製法を検討した。 忌避活性の検定法は、10×30cmの水槽の端にイトマキヒトデ1個体を置き、不対触手の0.5cm先にサンプルを滴下し、「忌避行動開始までの時間(秒)」、「平均速度(cm/分)」、「移動距離(cm)」の3項目の強度を5段階で評価し、その合計点を4段階の活性強度(+++、++、+、-)で表した。イトマキヒトデはニチリンヒトデの凍結-解凍液(ドリップ)で最も強い忌避行動を示す。しかし、この反応は個体差が大きいので、この検定法でドリップに対して13点以上(最高15点)の個体を生物検定用に選出した。その結果、活性物質の濃度と活性強度の相関を検定することが可能となった。 忌避行動を誘起する化合物はプロテアーゼにより失活し、分子量30,000の限外濾過で活性が内液に残るので、分子量3万以上のポリペプチド性の化合物であると推定した。ニチリンヒトデのドリップを硫安で塩析し、活性が強かった50%画分をさらにゲル濾過カラムで分離して各フラクションの活性をはかったところ、分子量10万付近の化合物が複数含まれるフラクションに忌避活性が認められた。 以上の結果から、活性本体は分子量10万付近の複数のタンパク質であると推定した。忌避行動を誘起する化合物が分子量10万にも及ぶ高分子量タンパク質であるという報告はこれまで全く無いことから、今後この研究は化学生態学に一石を投じ、新たな方向性を見出すものと期待される。
|