亜急性硬化性全脳炎Subacute sclerosing panencephalitis(SSPE)は、SSPEウイルスの持続感染による予後不良の脳炎である。SSPEウイルスは麻疹ウイルスが何らかの原因で変異したものと考えられているが、その変異の原因は不明のままである。本研究ではSSPE患者組織におけるウイルス変異の増加の原因を知ることを目的とした。 SSPE剖検例の大脳及びリンパ節組織においてSSPEウィルス遺伝子の6種類のウィルス構成蛋白遺伝子を解析した。麻疹ウイルス野性株と比較すると、大脳とリンパ節由来のウイルスに共通の多数の塩基変異が認められた。リンパ節由来のウイルスにはさらに多数の塩基変異が加わっており、患者組織中で塩基変異が増加することが確認された。これらの塩基変異は大多数がTransition変異であり、とくにTからCへの塩基置換が多かった。同様に高度の遺伝子変異を示す免疫グロブリン遺伝子可変領域と比較した結果、こうした選択的なTransition変異はSSPEウイルスにのみ見られる特徴であることが示された。また、塩基変異によるアミノ酸置換がSSPEとリンパ腫細胞の免疫グロブリン遺伝子のいずれでも高率であった。免疫グロブリン可変領域遺伝子には塩基置換によってアミノ酸置換を起こしやすいコドンが集積しているが、麻疹ウイルス全長にそうした部位は認められなかった。すなわち、塩基置換による高率のアミノ酸置換は、ウイルス自体の特徴的な配列によるものではなく他の要因によると考えられた。 さらに、SSPE患者組織においてRT-PCR法を用いて染色体異常の検索を行った。結果はSSPE患者においては転座などの染色体異常は検索の範囲内では認められず、SSPE患者と健常者に何らかの差異があるとすれば、それは遺伝子発現あるいは蛋白発現レベルの差であろうと推定された。 そこで、cDNA subtraction法を用いてSSPE組織中に特異的に発現する遺伝子と逆に正常組織中には発現するがSSPE組織では発現しない遺伝子の単離を試みた。結果としては、SSPE組織と正常組織において特異的な発現を示す遺伝子は検出されなかった。真に遺伝子発現に差がないのか、転写量の少ないmRNAが上記の方法では検出し得なかったのか、今後の検討課題と考えられた。
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