ヒトの肝癌にはp53癌抑制遺伝子の変異は高率に見出されるのに対し、LECラット肝癌では現在までp53遺伝子の変異はほとんど見出されていない。この現象の説明としては以下の二つの可能性が考えられる。 (1)ラットではp53遺伝子の機能はヒトほど重要ではない。あるいは、 (2)ラットではp53遺伝子に変異がなくてもp53蛋白の機能が異常になる。 この問題を解決する一つの手法として、我々はラットp53蛋白の機能的変異を鋭敏に検出する酵母アッセイ法を用いた。この酵母アッセイの結果、ラットp53のヌクレオチド293から298にあるAが6個連続した(6As)箇所にAが一つ過剰に挿入され、Aが7個(7As)になっているクローンが多数見出された。この現象はゲノムDNAでは見出されず、RNAレベルでのみ見出された。我々は、p53のcDNAからmRNAを合成して同様の実験を行い、この現象がRT-PCRによる技術的なアーティファクトでないことを確認した。この現象は、LECラットの加齢とともにその頻度が上昇する傾向にあるが、特に急性肝炎期にはp53mRNAの15-20%にAの挿入が起こりフレームシフト変異が生じていることが証明された(transcriptional slippage or mutagenesis)。LECおよびLEAラット肝由来不死化細胞の培養液にエタノールを加えて細胞障害を起こさせるとこの転写スリップの頻度が有意に上昇することから、急性肝炎期における肝細胞傷害によりp53蛋白の機能が低下し、過剰銅による酸化的DNA損傷の修復ができなくなり、がん遺伝子に第一のヒットが生じるものと推測される。
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