腸管出血性大腸菌(EHEC)は、出血性大腸炎等の腹部症状に続いて、より深刻な毒素による全身の微小血管障害(HUS等)を惹起する。1996年には我が国で患者数が9千名以上といった世界最大規模の流行が発生、全国各地の医療現場は大混乱に陥った。EHECは、感染の初発段階(腸管粘膜)で機能する病原性因子(線毛など)、HUS発症に関連すると考えられている病原性因子(べ口毒素、O抗原、溶血毒など)を産生する。本研究の骨子は、EHECの病原性の研究で比較的研究が遅れている分野を集中的に解析し、EHECの病原性の特徴を分子レベルでより正確に理解・把握し、今後の対策に役立てることにある。 粘着メカニズムに関する研究:EHECが腸管上皮細胞の表面に粘着(付着)すると、まず感染細胞表面に微絨毛の"芽"が多数出現、相互に融合して、広がった細胞膜となってEHECの表面に沿って伸びてゆき、やがて、EHECを被ってしまう。この特異な細胞膜内感染様式を“めり込み"型粘着と命名した。“めり込み"型の粘着を示しているEHECは、ベロ毒素を腸管腔内に拡散させることなく、高濃度に細胞に作用させていると思われる。 溶血毒に関する研究:溶血毒をヒト単球に作用させて、ELISA法によってサイトカイン産生を調べたところ、IL-1βの産生を誘導していることが分かった。サイトカイン産生能を証明する為に、溶血毒遺伝子を変異させたisogenic mutantを作製した。当該mutantは予想通りIL-1βを産生誘導しなかった。溶血毒がHUS発症の一因子である可能性をさらに追求している。 薬剤耐性に関する研究:カナマイシン耐性、ナリジクス酸耐性などの遺伝子の塩基配列を決定し、EHECに特異な耐性遺伝子配列を明らかにした。また、米国で報告された3剤耐性(テトラサイクリン、ストレプトマイシン、サルファ剤)が我が国の患者株とウシ株でも見いだされた。我が国の場合にも、EHECの薬剤耐性遺伝子がウシなどの家畜株に由来する可能性が考えられた。
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