研究概要 |
最近、脊髄神経損傷後の慢性痛の病態進展に、末梢-中枢神経系の変調(神経可塑性)および中枢神経の病的過敏状態が主たる機序と判明し、この病態進行をいかに抑制し、また、傷害された細胞の再生能をいかに高めるかが治療の重要な課題とされる。本年度は、ラットニューロパチックペインモデルにおいて、1)神経可塑性の機序における興奮性アミノ酸神経活動の関与は如何に?,2)末梢神経障害後にCSF-glutamateが増加するか否か?,および3)脊髄後角の特定ニューロンにアポトーシスが発現するか否か?,について検討した. 雄SDラットを用い、Bennet(左坐骨神経絞扼術)モデル作成を行った.また、大槽よりITにループ型マイクロダイアリシスプローベを挿入し(先端が腰髄1-2レベル)た。手術前,後6、7、10日までホットボックスによる熱刺激に対する反応を観察し,7および10日群では灌流固定を行い,脊髄を摘出したのち,免疫組織学的評価(TUNEL染色,NAUTA染色)を行った. その結果,1)クモ膜下腔内(IT)NMDA注入により,痛覚過敏が起き,この場合脊髄glutamateが著増し、脊髄表層の小型細胞や介在ニューロンが,変性,壊死を起こした.したがって,glutamate神経の過剰興奮が脊髄神経可塑性を誘因していることが示唆された. 2)脊髄マイクロダイアリシス法を用い,坐骨神経絞扼後,経日的に熱刺激に対する痛覚過敏反応が起き,CSF-glutamate増加を伴うことが分かった.このことは,慢性痛の発現に,脊髄興奮性アミノ酸神経系の興奮が,恐らくは抑制性ニューロン(調節神経系)の選択的脆弱性により(後述する)起きるものと考えられる.3)坐骨神経絞扼後,6-7日後に痛覚過敏反応が初期症状の時,脊髄表層の小型細胞において,TUNEL染色による陽性細胞が認められた(10日目には軽減した).一方,NAUTA染色による細胞の変性は,術後10日目に介在ニューロンで有意に起きることが分かった.末梢神経損傷後に痛覚過敏が起き、この初期症状には脊髄表層の細胞におけるアポトーシスが,またその過敏症の維持には介在ニューロンの変性が,それぞれ密接に関与するものと示唆される. 最近の報告から,坐骨神経損傷誘発のニューロパチックペインで,1)シュワン細胞でアポトーシスが起きること,2)脊髄後角ニューロンでc-fosが発現すること,3)さらには,脊髄に胎児副腎髄質を移植すると痛覚障害が軽減することが,次第に明らかにされつつある.これらのことと本研究結果を考え合わせると,ニューロパチックペインの病態発現には,1)脊髄興奮性アミノ酸神経の過剰興奮に起因して,2)細胞内シグナリング-核内変調が起き,3)カスパーセカスケードを介してアポトーシスを招来し,これが症状発現に関与する可能性があること.さらに,4)慢性化への移行には,旧来の報告と符合する介在ニューロンの易障害性が関与するものと示唆される. 今後,神経一免疫回路網のさらなる理解をし,移植術およびサイトカインや栄養因子(グリアとの相互作用)の合成誘導でそのような細胞死の過程を修復し、機能回復をもたらすことができるか,その理論的基盤の確立に向けて,病態生理学的解明を重ねる予定である.
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