本研究の目的は、ヒトにおいて身体運動が睡眠-覚醒リズムの変調要因となりうるかを検証することであった。身体運動がヒトの睡眠-覚醒リズムを変調させるかとの問いに答える際、最も問題となるのは、通常の日常生活においては、明暗サイクル・社会生活のリズムなどの物理的・社会的因子-非常に強力であるにもかかわらずコントロールが困難である-が身体運動の影響を隠蔽してしまうかも知れないということである。そこで本研究では、概日リズムの変調を起こすような明暗サイクルや時間情報を示す機器の一切ない部屋に被験者を住まわせるという「時間隔離実験」を行い、概日リズムの異なった相で行う身体運動が、被験者の睡眠-覚醒リズムや自律神経活動の日内リズムに与える影響を観察することを目的とした。 最終年度である平成12年度においては健常な被験者10名を対象に、早朝あるいは夕刻に行われる身体運動が、時間隔離下の自由継続リズムをどのように変調させるかについて、本実験を行った。被験者は、隔離実験室内で6日間滞在、その間の心電図R-R間隔(心拍変動)、積分加速度計による身体活動度、および直腸温時系列を連続測定した。実験開始3日目および5日目に、被験者の主観的な午前あるいは午後(順序は個人間でランダム)にあたる時間帯に3時間の有酸素性運動を行わせ、体温あるいは心拍変動の概日リズム周期が、前日までの自由走行周期に対してどの程度伸長/短縮しているかを評価した。その結果、運動を行った時間帯によらず、概日リズムの周期が運動後に約1時間伸長(P<0.01)するということが明らかになった。この結果は、高齢者の早朝覚醒などに代表される睡眠相前進への対処法として、身体運動が有効に機能する可能性を示したとの点で重要と考えられた(一般に、覚醒位相を後退させることは、前進させることに比べて、難しいとされるから)。
|