研究概要 |
本研究では単純なシステムを持ちながら高度な嗅覚学習能力を有するナメクジにおいて,学習・記憶の機構を生理学的手法と分子生物学的手法により解明することを目的とした.はじめに学習を担う嗅覚中枢である前脳の生理学的記録を行った.誘引性の匂い(条件刺激)と忌避性の苦味物質(無条件刺激)を用いて条件付けを行ったナメクジから取り出した脳を膜電位感受性色素(Molecular Probes,di-4-ANEPPS)で染色し,2次元光量差分計測装置を用いて,匂い刺激に対する膜電位応答を記録した.その結果,前脳の中のバンド状の領域において,条件付けした匂いに対して特異的な脱分極応答が生じることが明らかになった. 次にdifferential display法によって,忌避性嗅覚条件付けで特異的に発現が変化する遺伝子を発見し,その全長配列を決定してLAPS18と名付けた.これは121残基のアミノ酸をコードしている新規遺伝子で,ホモログ遺伝子は哺乳類にも共通して存在していた.LAPS18蛋白は,条件付けの12時間後から48時間後まで,コントロールと比べて有意に増大ており,LAPS18が学習の特にlate phaseに関わる遺伝子であることが示唆された.LAPS18は条件付け前には前脳の全体に分布していたが,条件付け後は神経突起層に著しい局在を示した.初代培養前脳神経において,共焦点レーザー顕微鏡を用いてその局在を詳細に調べると,細胞同士が接着している部位に特にLSPS18が局在していることが明らかになった.これらの結果から,LAPS18は神経細胞体で生合成された後,神経突起を経由して末端で分泌される細胞外マトリックス蛋白質の1種であり,神経終末および細胞接着面に分布し,シナプス結合の修飾に関与するものと考えられた.
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