研究概要 |
細胞内情報伝達ネットワークに関する最近の研究から得られた一般的理解は、情報伝達は各種の蛋白質間での相互作用と蛋白質のリン酸化を介したシグナル調節機構に還元できる。これらの情報伝達プロセスは逐次反応(カスケード)を形成しているだけでなく,各カスケード間でのクロストークを介した高次情報伝達ネットワークの形成が種々の環境シグナルへの調和のとれた細胞応答にとって必須である。真核細胞においてはシグナル受容体型チロシンキナーゼからMAPキナーゼカスケードを介して核内へ情報が伝達される過程にその典型を見ることができる。この情報伝達プロセスに関与する各種のシグナル受容因子の実体や、各種セリン・トレオニンキナーゼやホスファターゼの実体が分子生物学的・構造生物学的アプローチを併用して解き明かされつつある。一方、原核細胞で明らかにされつつある情報伝達系はいささか趣を異にしており、シグナル受容体型ヒスチジンキナーゼを主体としている。さらに、ネットワークの形成はヒスチジン残基とアスパラギン酸残基のリン酸化修飾によるシグナルの伝達・制御に基づいたHis-Aspリン酸リレー系が基本をなしている。最も興味深い最近の知見は、当初原核細胞に固有と思われたHis-Aspリン酸リレー系が酵母や高等植物にも広く存在し、多くの場合に真核生物固有のMAPキナーゼカスケードと直接カップルしていることが示されたことである。申請者らは長年にわたり原核細胞におけるHis-Aspリン酸リレー系に関する研究を積み重ねてきたが、上記のような背景を考えたとき、厚核・真核両生物を対象としたHis-Aspリン酸リレー系の分子基盤の普遍的理解が当該分野の進展にとって急務であり、またその好機であると考えるに至った。そこで敢えて複数の幅広い材料を対象として、それらを統一的観点から眺めることにより、高次情報伝達ネットワークにおけるHis-Aspリン酸リレー系の位置づけと普遍概念に関する分子論的理解を深めることを本研究計画の主眼において研究を遂行してきた。具体的には、His-Aspリン酸リレー型情報伝達ネットワークの普遍的分子基盤を、分子遺伝学が駆使できる大腸菌・分裂酵母・高等植物(シロイヌナズナ)の三種のモデル生物を対象に、分子生物学的・分子遺伝学的アプローチを主体として総合的に解析することを目的とした。大腸菌と分裂酵母では環境浸透圧への細胞応答的情報伝達系に、高等植物においては植物ホルモンへの応答的情報伝達系に見られる普遍的His-Aspリン酸リレー型情報伝達ネットワークをそれぞれ具体的生命現象の対象とした。これらの対象ついて、受容体型ヒスチジンキナーゼ→→His-リン酸化型情報伝達因子→→Asp-リン酸化型情報伝達因子間でのリン酸リレー高次情報伝達ネットワークの分子基盤に関して、これら原核・真核生物に普遍的側面(概念)を視野に入れつつ総合的な解析を行った。特に真核生物系では既によく調べられているMAPキナーゼカスケードのような真核細胞固有の情報伝達ネットワークとのリンケージ(クロストーク)を視野に入れた解析を行ってきた。これらの成果は成果報告書(別冊)としてとりまとめた。
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