ショウジョウバエの翅形成をモデルシステムとしてモルフォゲンが細胞の分化を制御する機構を理解することを目指している。本年度は Dpp モルフォゲンの活性を可視化する手段を用い、細胞がどのようにモルフォゲン・シグナルを受け取り、遺伝子発現の out put に変換しているかを探ることを試みた。 Dpp モルフォゲン・シグナルは転写因子 Mad によって核に伝えられる。 Mad は Dpp レセプターである Thick veins (Tkv) によりリン酸化を受けることにより核に移行し、転写複合体を形成し、ターゲットの転写を制御していると考えられている。そこで、リン酸化 Mad (p-Mad) に特異的な抗体を用いることによって Mad の活性化を指標とした Dpp モルフォゲンの活性の分布を in vivo で視覚化した。翅成虫原基ににおける p-Mad の分布は複雑なパターンを示す; Dpp を発現する細胞の付近で最大となる勾配を形成しているが、 Dpp を発現している細胞そのものにおいてはシグナルは非常に低下している。この p-Mad シグナルの低下はヘッジホッグによる直接的な制御によることが明らかとなった。加えて、ヘッジホッグによる p-Mad レベルの調節のターゲットが受容体 tkv であることを明らかにした。さらに tkv の発現は、前部コンパートメントで低く、後部コンパートメントで高くなっている。このことは後部コンパートメントにおいて p-Mad で表わされる Dpp 活性の勾配が、前部コンパートメントよりも急であることと良く一致する。すなわち、 Tkv 受容体の発現量が多いと、より多くの Dpp 分子が捕捉されるために Dpp モルフォゲンの勾配は急になると考えられる。ヘッジホッグは Dpp モルフォゲンの発現を誘導するだけではなく、その活性の勾配の形成にも直接働いている。モルフォゲンが他のモルフォゲンの勾配の形成をもプログラムする巧妙なメカニズムが明らかになった。
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