本研究においては、中脳から脊髄にかけての神経管の最も背側の領域、即ち蓋板(roof plate)で発現している細胞間シグナル分子Wnt-1とWnt-3aに着目し、これら分子が神経管の形成、神経冠細胞の形成、分化、さらに神経管の近傍に位置する体節の形成、分化に及ぼす役割を明らかにすることを目的とした。遺伝子ノックアウト法により作製したWnt-1とWnt-3aの二重変異体を用いて解析を行ったところ、この両遺伝子が神経管の背側の形成、および体節の発生に必須であることの2点が新たに明らかになった。まず、神経管の背側における介在神経細胞の分化においては、Wnt-1とWnt-3aは脊髄神経管の最も背側に位置するD1およびD2領域の介在神経細胞の発生に必須な役割をはたしていることを明らかにした。さらに、神経管の初代培養系にWnt-3aタンパク質を添加することにより、D1、D2領域の形成が促進され、反対にD1、D2より腹側に本来位置するD3領域の形成が抑制された。また、このWnt-3aタンパク質の作用はBMPシグナルの拮抗物質であるnogginを添加しても影響を受けなかった。以上のことから、Wntシグナルは背側介在神経の領域特異化を制御しており、その作用にはBMPシグナルを必要としないものと結論された。一方、Wnt-1とWnt-3aの二重変異体においては、体節のうち最も神経管の蓋板に近い内背唇部の欠落が認められた。この領域からは皮筋節の内側化に必要なnogginが分泌されていることから、二重変異体では皮筋節の内側化に大きな異常が生じていた。以上のことから、蓋板で発現するWnt-1とWnt-3aは神経冠、神経管、および体節という多様な組織、細胞の発生が調和を保って進行する上で重要な役割を果たすものと考えられた。
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