陽電子寿命測定法は、材料内部の原子空孔やその集合体、転位などナノメータースケールの構造欠陥を敏感に検出し、その種類と量を識別できる優れた非破壊検査手法である。しかし、現在一般に利用されている「サンドイッチ法」と呼ばれる陽電子寿命測定法は、線源からランダムな方向に放射される陽電子を、被測定試料内で総て消滅させねばならないため、線源を試料で取り囲む必要がある。そのため、この方法では、被測定試料に手を加えずに試料の存在するその場でナノ構造欠陥分析を行うことは不可能であった。 可搬型のナノ構造欠陥その場分析装置を実現するために、本研究では陽電子をビーム状にし、線源から離れた位置にある試料に照射して寿命測定を行う方法を新しく開発した。本装置は、磁場レンズを用いて線源から出た白色陽電子線のエネルギー選別を行うことにより、ある一定のエネルギーを持つ陽電子のみをスタート信号検出部に導くことができる。スタート信号検出部にはアバランシェ・フォトダイオード(APD)を用いた。そして、APDを透過した陽電子を同じように磁場レンズを用いて試料へ導き、陽電子消滅時に発生するγ線をストップ信号として検出することにより、陽電子寿命を測定するシステムになっている。APDを透過して試料に入射する陽電子を直接検出することによってスタート信号を得ているので、線源を試料で覆う必要が無い。また、陽電子のエネルギー選別を行っているので、スタート信号検出部から試料までの空間を陽電子が飛行する時間を一定にすることができ、寿命測定精度は良好である。 これまで10mを越す大型加速器を必要としていた実験技術を、新しい発想によって一気にデスクトップサイズにまでコンパクト化し、移動可能とすることができた。この技術を応用することにより、現場で使用中の大型構造物の構成材料の余寿命を非破壊でその場診断することが可能となると期待できる。
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