研究概要 |
触媒的不斉合成においても、本来的にラセミ体(触媒)はラセミ体(生成物)しか産まない。本研究では、そうしたラセミ触媒のうちchirallyにrigidなもののみならず、chirallyにflexibleな触媒をも用いることのできる触媒的不斉合成法を開発することを目的とした。 不斉不活性化 ラセミ触媒を用いるための方法論の一つとして、"Chiral Poisoning"('不斉不活性化')法がある。Chiral Poisoning法では、ラセミ触媒の一方のエナンチオマーを選択的に不活性化して、残りのエナンチオマーを触媒として用いるため、原理的に、ラセミ触媒に対し0.5当量のchiral poison(不斉触媒毒)を必要とする。しかしこれまでは、不斉触媒毒のラセミ触媒に対するエナンチオマー識別能が低いため、過剰の不斉触媒毒を必要としていた。また、光学的に純粋な不斉触媒に匹敵する不斉収率を達成し得なかった。そこで、ラセミ触媒の一方のエナンチオマーを高度に識別する不斉触媒毒を分子モデリングによって設計した。 ラセミRuCl_2(binap)(dmf)_n錯体(1)のエナンチオマーを高度に識別する不斉触媒毒として3,3'-dimethyl-2,2'-diamino-1,1'-binaphthyl(DM-DABN) (2)を設計、合成した。ラセミ触媒1に0.5当量の(R)-2を加えβ-ケトエステルの水素化反応(基質/触媒=1500)を行うと、(S)-1触媒を用いた時と同程度の極めて高い不斉収率(99%ee)を達成することに成功した。 不斉活性化 一方、ラセミ触媒の「不斉活性化」は、不斉活性化剤が、ラセミ触媒の一方のエナンチオマーに、選択的な錯形成により高い触媒活性を付与し、ラセミ触媒による触媒的不斉合成を行おうというものである。その際、エナンチオマー選択的な錯形成ができなくとも、生成する2つの活性化錯体はジアステレオマーの関係にあり、その触媒活性の差が大きい場合には高い不斉収率を達成することも可能となる。それに対し、「不斉不活性化法」は、ラセミ触媒の一方のエナンチオマーを選択的に錯形成/不活性化し、残ったエナンチオマー触媒で反応を行おうとする点で対照的である。従ってエナンチオマー選択的な錯形成が絶対的必須要件となる。そこで、ラセミ触媒に対し選択的錯形成/不活性化法と不斉活性化法を組み合わせれば、両エナンチオマー触媒の活性の差を最大限にし、より効率的なラセミ触媒反応系を提供しうると考えた。 ラセミBINAP-Ru錯体(1)の(R)-体と優先的に錯形成する(R)-ビナフチルアミン誘導体、(R)-2を0.5当量加え選択的に(R)-1/(R)-2錯体を得た後、0.5当量の(S,S)-DPEN(3)を加え活性化錯体(S)-1/(S,S)-3を生成させ、芳香族ケトンの水素化反応を行った。その結果、ケトン基質によらず90%ee以上の不斉収率で定量的に生成物を得た。 動的不斉制御 さらにchirallyにflexibleなビフェニルホスフィン配位子(BIPHEP)をrigidなBINAPの代わりに用いて、BIPHEP-Ru錯体の動的なchirality制御を検討した。高度な動的不斉制御が達成されれば、ケトン基質に適したルテニウム触媒ジアステレオマーのみが得られることになる。ラセミBIPHEP-Ru錯体(4)に1当量の(R)-DM-DABN(2)を添加すると、(R)/(R)-5が生成するものの(S)-4は(R)-DM-DABNと錯形成せずに残ることがわかった。しかし、残った(S)-4は(R)-4に異性化し、(R)-DM-DABNと錯形成することで結果として(R)/(R)-5のみとなることを明らかにした。
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