海洋付着生物の防除には、従来主にトリブチルスズやトリフェニルスズなどの有機スズ化合物が使用されてきたが、それらの化合物は、海洋生物に対する毒性効果、特に内分泌撹乱作用のために、使用制限や使用禁止になってきている。本研究では、多くの付着生物が石灰化をしながら大きくなることを考慮し、その石灰化を阻害する化合物を微生物の代謝産物の中から探索することを目的とした。直接の標的動物としてタテジマフジツボを選んだ。これまで、確実な証拠は得られていないが、石灰化過程には炭酸脱水酵素が深く関わっていることが推定されているので、具体的な探索方法としてこの炭酸脱水酵素の阻害剤を見い出すことを目標にした。まずスクリーニングおよび精製のための簡便なアッセイ法を開発した。この方法は、pHメーターさえあれば、10秒間で1つの試料の活性を測定できるという特徴をもつ。この方法を用いて、日本各地の土壌から分離した692株の放線菌および糸状菌の代謝産物中に炭酸脱水酵素阻害物質を検索したところ、横浜市の土壌から分離した一放線菌(Streptomyces eurocidicusと同定)の培養ろ液に阻害活性があることを見い出した。この活性物質を精製し、構造解析したところ、2-nitro-imidazoleであると同定した。本化合物は1x 10-5Mで酵素活性を完全に阻害した。次に、本化合物がタテジマフジツボの殻の石灰化を阻害するかどうかをキプリス幼生を用いて調べたところ、10ppm以上の濃度で阻害した。このことは殻の石灰化に炭酸脱水酵素が関与していることを示唆するものである。これらの化合物について、実際海の現場で付着生物に対する成育抑制効果を試したが、残念ながらいずれの化合物にも明確な効果を検出することはできなかった。
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