癌遺伝子治療の一貫として、単純ヘルペスウイルス(HSV)の変異株を一種の抗癌剤のように用いて脳腫瘍を破壊する治療法の研究が進められている。当初は変異HSV-1による治療の対象は脳腫瘍に限定したものであったが、最近では頭頚部癌での報告もなされており、より広い種類の癌腫に対してその治療効果が検討されている。HSV-1のICP6はリボヌクレオチドリダクターゼをコードしており、ICP6欠損ウイルスは休止期細胞における増殖性が著しく低下することが知られている。そのため、強い増殖能を有する癌細胞をより選択的に細胞融解に陥らせる。ICP6欠損HSV-1であるhrR3より、細胞融合能を示す重複変異ウイルスを分離した。このhrR3-fはlacZ発現と多核巨細胞形成の2つのマーカーをもっており、生体内での検出が容易である。ヒト耳下腺腺癌HSY細胞とマウス顎下腺癌YT-12細胞を用い、ICP6欠損ウイルスの培養唾液腺細胞での細胞融解能をMTT法にて測定した結果、低い感染多重度では、ICP6単独欠損ウイルスhrR3は十分な唾液腺癌細胞の細胞変性を誘導できなかったが、融合株hrR3-fは、隣接する細胞と多核の巨細胞を形成しながら感染を拡大するため、感染2日で完全な細胞融解をきたした。HSV-1による細胞融合に影響を及ぼす因子につき検討を行い、PKC活性化剤であるTPAにて、細胞融合が顕著に促進されることが明らかとなった。さらに、感染細胞をサイトカラシンDあるいはカルシウムイオノフォアで処理すると細胞外へウイルス放出が促進された。このようなウイルス感染の癌細胞間伝播を促進する方法を組みあわせることで、細胞融解作用をより確実なものにし癌細胞を効率よく破壊できるものと思われる。
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