癌の遺伝子治療としては、免疫遺伝子治療法やp53癌抑制遺伝子を用いた方法がよく知られているが、より強い治療効果をめざしたベクターによる細胞融解法も、増殖性アデノウイルスや単純ヘルペスウイルス(HSV)を用いて検討されている。リボヌクレオチド還元酵素であるICP6を欠損したHSV-1は休止期細胞で増殖性が著しく低下する。そのため、強い増殖能を有する癌細胞をより選択的に細胞融解に陥らせる性格を有している。ICP6欠損HSV-1であるhrR3より細胞融合能を指標として分離したhrR3fは、lacZ発現と多核巨細胞形成の2つのマーカーをもつ重複変異ウイルスであり、そのマーカーを検出することで、生体内でもベクターの分布を容易に把握できる利点を有している。hrR3とhrR3fを用いて、ヒト耳下腺腺癌HSY細胞に対する細胞融解効果を検討した結果、hrR3を低い感染多重度で感染させても十分な細胞融解を示さないのに対して、hrR3fでは隣接する癌細胞が多核巨細胞を形成しながら感染が拡大するため、感染2日で完全な細胞融解をきたすことが明らかとなった。さらに、HSY細胞を移植したヌードマウス腫瘍にhrR3fを投与したところ、腫瘍増殖は強く抑制され、腫瘤が消失するものも認められた。また、TPAにて、細胞融合が顕著に促進され、サイトカラシンDでは、HSV-1の細胞外放出が促進されることも明らかとなった。したがって、このようなHSV-1感染を修飾する方法を組み合わせることで、hrR3fの細胞融合作用をより確実なものにし、癌細胞を効率よく破壊できるものと思われる。
|