本研究は、20世紀の後半においてコンピュータとテレコミュニケーションの発達によってその実用的な意義が認識されるようになった「情報」の概念が、哲学的知識論と行為論においても有意義な理論的概念であることを明らかにするものである。 本年度はとくに、対話における情報の流れ、情報技術の特徴、情報の概念と倫理的問題について解明した。第一の点については、言語行為を情報の流れの概念によって説明することによって、表面上言語行為の集積と考えられる「対話」について、従来の哲学的言語行為論からは説明できなかった事態が、理解可能となった。とくに対話について、かつて重点領域「音声対話」に参加して資料の収集を行ない、モデル構築を行なった成果を利用して、対話において相手話者の発話の終了以前に発話が開始されるオーバラップ現象について考察し、情報の流れが一方向的ではなく、同時両方向であることを明らかにした。また、従来の言語行為の概念では、対話におけるこのような現象を説明はおろか、記述することすら不可能であることを明らかにした。 情報倫理の問題については、このような現状のなかで、社会生活において、情報機器とくにコンピュータとネットワークがその基盤に浸透しつつある現在、どのような問題が現実に起こっており、それに対応するためにどのような倫理的考察が必要となるかということを情報について概念的に解明することが必要である。そのような解明を必要とする分野としては、「コンピュータと責任」 「ソフトウエア製作者の権利保護」 「マルチメディアデータ」 「インターネット犯罪とセキュリティー」「プライバシー」、「インターネットにおける情報提供と検閲」などがあることを明らかにした。 この研究は、もっぱら実用的意義のみが強調されてきたと考えられる「情報」の概念について、その哲学的観点からの意義づけを試みるものである。たしかに、人工知能や認知科学などの研究は、情報の概念を大幅に利用して、人間の心の解明に努力したが、現在から振り返るならば、その利用は比楡にととまり、常識的理解の範囲のものであった。すなわち、「情報」の概念についての哲学的分析を欠いていたのである。この状況は1980年代以来若干改善されてきたが、依然として不十分である。今後のこの研究はその観点からの研究を発展させるためのものである。
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