本研究は、20世紀の後半においてコンピュータとテレコミュニケーションの発達によってその実用的な意義が認識されるようになった「情報」の概念が、哲学的知識論と行為論においても有意義な理論的概念であることを明らかにするものである。 本年度はとくに、対話における情報の流れについては、対話における情報の流れを制御する主導権の概念を中心に考察した。その結果、この概念はさらに詳細な検討を要するものの、情報の流れを会話の参加者が制御する手段が、発話がもつ機能および特有の表現によって提供されていることを確認した。さらに、この考察を音声言語による対話に関して行なったことから、言語と情報に関して新たな観点を提供することが可能であることを確認できた。すなわち、20世紀における言語哲学は、言語の基礎を音声とするという原則をとりつつもの、その前提に忠実な展開をすることなく、むしろ、書き言葉を範型とするとする分析手法を確立していった。この点が最近の音声言語の研究によって反省され、音声言語の特性を考慮した言語観を構築することが可能となっている。すなわち、「単語」概念の復権、バラ言語的特徴の言語学的意義、「言語行為」概念の限界などである。 この研究は、もっぱら実用的意義のみが強調されてきたと考えられる「情報」の概念について、その哲学的観点からの意義づけを試みるものである。たしかに、人工知能や認知科学などの研究は、情報の概念を大幅に利用して、人間の心の解明に努力したが、現在から振り返るならば、その利用は比喩にとどまり、常識的理解の範囲のものであつた。すなわち、「情報」の概念についての哲学的分析を欠いていたのである。この状況は1980年代以来若干改善されてきたが、依然として不十分である。今後のこの研究はその観点からの研究を発展させるためのものである。
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