本年は、第一に、意識を巡る問題の中でも最重要であり、同時に最も困難をもたらすと見なされている「質の意識」ないし「クオリア」を巡る問題を色彩現象に即して解明することを試みた。色彩現象を主観と客観、意識と自然の対立という図式のなかで考えるのではなく、「世界内存在」のあり方を示すものと見なしうるためには、自然についての考え方を近代的な客観主義的な自然観から解放する必要がある。そのために、ニュートン的自然観に対抗して独自の自然観を提起したゲーテの色彩論を取り上げて、それがニュートンに起源をもつ色彩の科学とどのような関係にあるのかを考察の対象とした。多くの場合、ゲーテの色彩論は単に色彩の「心理学」と見なされ、ニュートンに対抗する科学を目指したゲーテの意図はまじめに取り上げられないか、あるいは逆に、一方的に「対抗的自然科学」のモデルとして賛美されることに終始するか、というどちらかの見方が支配的となっている。それに対して、ゲーテが行った光や事物の色彩に関する分析にも日常的に出会う色彩現象の分析という位置を確保する可能性を明らかにし、それによって実験室科学と生態学的(ないし日常世界の)科学の区別という観点からゲーテの色彩論を見直す可能性を探った。さらに第二には、近代科学の成立期に焦点を当てて、数学的自然科学のなかでの自然法則の位置、さらには、それらが色彩に満ちた生活世界にたいしてどのような仕方で「数学的理念化」を施しているのか、といった点を解明することによって、自然科学と生活世界の区別と連関のあり方を明らかにし、意識と自然の二元論的区分の起源の一つを明らかにした。この様にして、生活世界を超越し「忘却」するのではない科学の可能性を解明し、それによって新たな意識の科学の意味を探る出発点を探った。
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