研究課題の順調な進展を図るため、初年度と本年度は、唐末五代の注目すべき文献である『元気論』『道徳真経傅』『道徳真経廣聖義』の検討を試みた。『元気論』は北宋初の『雲笈七籤』に収録されている文献で撰者不明であるが、序文の検討などを通じて、これが九世紀中葉の作品であることを推定し、また、その内容が精神と肉体と社会的実践との三方面の修養を通して不老長生を実現しようとする神仙思想を中核としながらも、儒佛道三思想を折衷しつつ随所に『老子』を引用して主張を確認しようとするもので、一種の内丹思想にもとづくものであることを明かにした。次に唐最末期の陸希肇という人物の手になる『道徳真経傅』の解説を通して、儒学思想による老子思想の組み換え仏教思想や神仏思想による老子理解とは全く異なる方向での老子理解が提示されて来ていることを確認し、同時に、それらの背後に既に暗黙の前提として仏教的思惟が存在しており、ここにも儒教、仏教、道教の三教が複雑に関係し合っている思想界の状況が窺われる。更に杜光庭の『道徳真経廣聖義』の研討を通じて、唐末五代の時代、王朝における宗教政策の実権をにぎった地位に在った人物が、『道徳経』の注釈、すなわち唐の玄宗の御注と御疏に対する詳細な解説を付加することを通じて、道教における教理学をどのように組織化しようとしたのかを考察し、そこにも儒佛道三教が、複雑に絡み合った状況が存在していることを確認した。これら三種の著作を通して、唐末五代の三教交渉の状況をおおよそ見通した上で、次年度北宋初期の状況の究明を目指したい。従来まで理解されてきた唐宋交代期とは、かなり様相を異にした状況が見出されるように思われる。
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