平成10年度は『雲笈七義』所収の「元気論」について検討し、それが唐末の士大夫の手に成るものであり、またその人物が儒仏道三教に対する巾広い知識を基礎に神仙養生理論を構想し。かつきわめて具体的な実践理論として文章化していることを明らかにした。平成11年度は、道蔵所収の陸希聲検『道徳真経傅』について検討し、それが唐末の陸希聲が儒道折衷の立場からあるべき為政者像、政治論を示そうとしたものであり、表面上老子思想が孔子思想と相応ずるものであり為政の根本を説き明かしたものであることを強調するものであるが、実質的には、儒家思想による道家思想の読み換えを図ったものであり、また、その論理展開において佛教教理学上きわめて重要な語彙を鍵言葉として頻用しており、当時の三教交渉の具体相を窺うに恰好の資料であること。また儒家思想を提示するに際して易伝や礼記の中庸、大学、楽記や論語、孟子を用いるなど、後の宋学の骨格が、ほぼこの書において完成の域に達していることを明らかにした。平成12年度は、唐代後半期の人性論の究明を試み、唐代後半において、人性の本来的同一を強調して絶対無為による本性の体悟を主張する禅宗思想や各個人性の絶対的平等と無作為自然の在り方を主張する老荘思想が上下に広く流布している状況の下で、人間の向上への努力を要請する主張がどのようにして再起し漸次の発展を遂げていくことになるのかを考察した。以上の考察をふまえて、本報告書では、序において問題の把握を簡単に示し、第一章唐後半期の人性観では人間の本来平等を説く禅思想や人性の絶対平等を説く老荘思想に強い共感を抱きながら尚且つ人間の向上への努力の必要性を強調する見解を抱く人々が唐代後半期に少なからず活躍し、そうした思潮を背景に、李翰の『復性書』や韓愈の「原性」などの文章があらわれて来るのであり、決して彼等のみがそうした見解を表明したのではないことを論じ、第二章陸希聲の『道徳真経伝』の思想では、老荘の無為思想と孔孟の有為思想とが相即の関係にあり。有為を通して無為を実現すべきだとする主張とそれを理論として展開する際に駆使される体用、理事、権実などの論理は本来仏教教理学から生み出されなものであり、復性の主張は儒仏道三教の相互交流の産物であることを論じ、第三章元気論の思想と背景では、老荘と儒教との性命論と仏教の心意識論とを採用しつつ道教の養生思想を理論化しようとしたものだと論じて、以上要するに唐代後半期の思想は、儒仏道三思想の複雑な絡り合いの中で形成されており、こうした思想状況を抜きにして、韓愈や李翰などの主張だけをとり上げ強調することは、唐代思想の展開の本筋を見失なわせることを明らかにした。
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