研究概要 |
本年度は本研究の最終年度であるため,昨年度の研究成果であるクマーリラが完成した背理法の理論の成立背景を専ら調査すると共に,研究成果報告書の作成に従事した。クマーリラが所属する聖典解釈学派では背理法を用いた論証をarthapattiと呼び習わすが,聖典解釈学派ではこの呼称は,6世紀初めの仏教徒ディグナーガと聖典解釈学派のシャバラスヴァーミンがそれぞれの著作の中で引用する別々の註釈作者たちが用い始めたものであり,聖典解釈学派が成立当初から用いていたものではなかった。聖典解釈学派の根本典籍である『ミーマーンサー・スートラ』のなかには数箇所にわたって"arthapatti"という語の用例が見出される。すなわち7.4.16;7.4.18;9.2.49;10.3.35;10.4.35の個所である。しかしこれらはいずれも,或る命題を背理法に基づいで論証することではなく,祭式の中で当該の儀礼が何らかの効果を挙げることを意味しており,この意味でスートラにおける"arthapatti"は全ての用例において「奏効すること」と訳するのが適切である。従って背理法による論証を"arthapatti"と呼び習わすのはスートラ編纂期には遡り得ず,学派外部からの影響による可能性がある。論証法としてのarthapattiの起源となるものは,『ミーマーンサー・スートラ』の段階ではanumanaと呼ばれている。その用例のうち,11.1.29のanumanaは類比による仮言的推論である。これ以外の用例は全て,テキストの文言に対する解釈である。5.1.6および5.1.20では,複数の儀礼の記載に基づいた,儀礼遂行の順番ないし期間という事柄の推定を"anumana"と呼ぶ。4.3.18でのanumanaは,釈義文での果報の記載をもとに,釈義文を果報を記載した教令に見立てるテキスト操作を言う。そして1.3では,何らかの現存するヴェーダの文をもとに,スムリティの行動規範を裏付けるような,現存しないヴェーダの言葉を想定することがanumanaとされた。
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