本研究は、14世紀のチベットで活躍したニャオン・クンガペルの『現観荘厳論註』を主たる対象とし、必要に応じて、彼と時代的に相前後するトルプパ、ツォンカパ、タルマリンチェンの註釈書と比較した、思想的、文献学的調査である。 初年度の平成10年には、第四章の「加行の功徳」の項目と第八章とを中心に解析を行った。その結果、現観の行者は、仏から見守られているという感覚によって、さらなる加行を進める意欲が湧くのであり、加行を進めた結果、仏から見守られているという感覚がさらに強まることが明らかになった。要するに、現観は、仏を感得する能力を持った者にのみ可能な実践であったということが明らかになった。 2年目の平成11年には、第1章第五項「行の対象」と第六項「行の目標」を中心に、『現観荘厳論』が殺生などの「悪」をどのように位置づけているか考察した。その結果、現観の実践においては善はもちろんのこと、殺生などの悪もまた、「放棄すべきもの」と観察することによってではあるが、対象とみなしていることが明らかになった。さらに、その悪は、修行者がいまだ自ら行なう可能性のある行為であることが明らかになった。 最終年度の平成12年には、『現観荘厳論』の説く修行体系が、伝統的な五段階を組み込んでいるものの、主要な骨組みは八現観から成り立っていることを考察した。 また、3年間にわたって、ニャオンの『現観荘厳論註』(『ニャ註』と略)の校訂テキストの作成を行ってきた。現在入手可能なbKra shis 'khyil版の印影版には、本文と区別されないかたちで、後世の者の手による覚え書きも彫られている。したがって本研究では基礎作業として、後世の覚え書きを除外した『ニャ註』本文のみを抽出し、著者自身の番号割りと本文の内容にしたがって、本文の構造が明らかになるように校訂テキストを作った。なお、今回完成した部分は『ニャ註』の序論の部分だけであるが、全体の八分の一の量を占める。
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