(1)昨年度に引き続き関係文献の調査・収集のため、国会図書館、東京大学図書館、京都大学図書館、京都総合資料館、杏雨書屋、大阪府立図書館・津市立図書館などで資料採訪した。 (2)「医ハ自然ノ臣僕ナリ」という発想はヒポクラテスの医学思想と結びつけられて、大槻玄沢以来蘭方医の間で知られることとなるが、西洋近世ではこの考えはホフマン、ブールハーフェにより復活する。ホフマンの著作Fundamenta Medicinaeの生理学の部第一章で「医者は自然の従者であり、主人ではない。自然と医術は同じであり、それ故医者は自然とともに働き活動せねばならない」と語られている。蘭学への影響を考える際、これはラテン語原文なので、この文言の載る蘭原本の調査が今後必要である。 (3)幕末になると岡研介や緒方洪庵らにより、ドイツのフーフェラントの生気論医学の紹介が行われるが、そこでは生命力(Lebenskraft)が説かれ、その働きを蘭方医たちは自然良能概念と結びつけて理解した。たとえば山本致美「扶氏診断」巻上冒頭では「凡ソ療治ハ悉ク皆自然ノ良能ヲ待テ後チニ治ス」と述べるし、フーフェラント「原病論」序では、「自然良能」を「治療家二於テ欠くベカラザルモノ」と規定している。この結びつきの関係を精査するのが今後の課題である。 (4)本研究は当初3年間の研究として構想されたが、在外研究のためその半ばで中止せざるの止むなきに到ったので、関係文献のより多くの収集、それら訳書と蘭書原文との比較対照、ヨーロッパにおける西洋医学の流れがどう蘭学時代の受容に影響しているか否か、など解明すべき課題が残された。いずれ機会をみて、これらの究明を期したい。
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