本研究「スーフィズムの存在論に関する哲学史的研究」はイスラーム宗教思想の中心概念であるタウヒード論に基礎を置く存在一性論の思想史的研究である。この研究を通じて存在一性論が西暦13世紀のイブン・アラ本ビー(1240没)により基礎を据えられたという通説よりもさらに時代を遡って10世紀ないし11世紀ころのイスラーム哲学者の思想にその萌芽があることが明らかになった。とりわけ、イブン・スィーナー(1038没)が晩年の哲学論文『愛について』の中で後の存在一性論思想の鍵概念となる「タジャッリー(照射)」の概念を用いて一者であるアッラーの世界創造の過程を説明している事実から、彼を存在一性論思想の萌芽期の思想家と見なし得ることが明らかになった。このことを平成14年2月出版のサピエンチア・英知大学論叢・第36号に寄せた『イブン・スィーナーの哲学における「愛」に関する考察』において指摘した。他方、本研究を推進過程でイスラーム存在一性論が明、清時代の中国ムスリムの思想と関係があることが明らかになった。この事実は平成11年6月京都大学東洋史研究会発行東洋史研究58巻1号に掲載の『馬聯元著「天方性理阿文註解」の研究』において紹介した。イスラーム存在一性論が中国ムスリムの精神生活との関係を明らかにすることができたことは本研究の重要な成果であると自負している。さらに、中国ムスリムに直接的影響を及ぼしているイスラーム存在一性論はティームール朝時代の西アジアにおいて発達したペルシャ存在一性論であるという事実が明らかになったので、この時代のペルシャ存在一性論思想の詳細な研究が必要となった。このため、シャリーフ・ジュルジャーニー、ジャーミー等の存在一性論論文を集めて翻訳し、詳細な注釈をほどこした『ペルシャ存在一性論集』を作り、本研究の平成13年度研究成果報告書として印刷した。本研究は幾つか新たな知見を齎し、有意義であったと信ずる。
|