近代のキリスト教霊性の源流を探るにあたって、今年度は16世紀スペインの神秘主義、とくにイエズス会を創立したイグナティウス・デ・ロヨラとカルメル会を改革したアビラのテレサ、および十字架のヨハネとドイツ神秘主義との関わりについて研究を進めた。 1)中世末期のドイツの神秘家、ルドルフ・フォン・ザクセンの『キリストの生涯』(Vita Christi)がイグナティウスに及ぼした決定的な影響は、イグナティウスの『霊操』のなかに色濃く見られる。福音書にもとづく黙想のプログラムである『霊操』は、その構成と内容において、また黙想の方法において『キリストの生涯』と多くの点で類似するものがある。『キリストの生涯』と類似して、『霊操』は内的浄化、罪からの解放を黙想の導入に据え、続いてキリストの生涯の出来事を受肉、イエスの公生活、キリストの受難と十字架上での死、復活の黙想が展開されている。祈りの方法と霊性の特徴において、両者に共通している点は、キリストの救済に秘義に参与していくというキリストの人性を強調した、実存的で、体験的なアプローチである。ルドルフは神秘体験を世俗世界を軽視する隠遁的なものではなく、すべての人々に開かれ、共有しうる宗教体験霊性を探求している点できわめて近代的である。 2)カルメン会(アビラのテレサ、十字架のヨハネ)の霊性と近代キリスト教への影響について研究を進めた。近代キリスト教霊性の特徴である信仰体験の個人化、実在化の傾向は明らかに16世紀スペインの神秘家のなかに見られる。テレサのキリストとの個人的な出会いと一致、そして人間の実在的なあり方、ヨハネが暗夜と呼ぶ霊的、内的な状態は、近代、現代の歴史的、精神的暗夜、苦しみと交わるところがある。とくにドイツのカルメル会を代表する思想家、エディット・シュタインの霊性の根幹には、このスペインの神秘家の影響が色濃く見られることがわかった。
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