芸術というミクロ・コスモスが神や宇宙に代表される一定の秩序と調和を保ったマクロ・コスモスの縮図であることは、とりわけヨーロッパの芸術観にとって基本的なことであった。だが両者の照応関係の根拠は一体どこにあるのだろうか。本研究はビッグ・バーン宇宙論以後の宇宙物理学や量子力学、分子生物学等によって明らかにされつつある宇宙の生成メカニズム、構造と芸術作品のそれとが、文字通り相同的であることを非平衡性と非対称性のうちに見出したのである。すなわち、力の相転移に伴う宇宙創生期の急激な膨張は「エントロピー増大」の法則には従わない宇宙のエネルギー状態を明らかにした。また相転移は宇宙に根元的な非対称性をもたらしたが、その宇宙の構成物質が例外なく非対称的であることは分子構造の点からも確認することができたのである。更に哲学の領域においても、ロジェ・カイヨワは鉱物から動植物さらに生命現象に至るまで、活性力をもった物質にとって、非対称性の最たるものである「らせん構造」が本質的であることを観察し、またドゥルーズ=ガタリはそのような物質の生成変化を「欲望」と呼び、それが「らせん運動」の強度を持っていると言及しているのである。問題はこのような非対称性や非平衡性が芸術においても実現しているかどうかであるが、マルセル・デュシャンの《大ガラス》の分析によって、とりわけ「独身者たち」の欲望の生成と噴出の表現のうちに、「らせん構造」が明確に確認され、あるいは村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」というエントロピー最大値の状態から「ハードボイルド・ワンダーランド」のエネルギー量が回復された世界への回帰は芸術作品の非平衡性を示すものとしても考えられるのである。芸術作品の事例研究としてはまだ不足ぎみではあるが、少なくとも宇宙と芸術との間に共通接線を引くことの基盤は整えられたのである。
|