本年度の課題は日本における近代美学の成立を国際的視野から考察することにあった。具体的には、ヨーロッパ、よくに芸術研究の母国と呼ばれるドイツでの美学や美術史学の成立状況を明らかにすること、および世界のさまざまな地域における近代国民国家の形成と芸術との関係について調査と考察を進めていくことなが目標とされていた。 このうち、ドイツと日本における美学や美術史学の学問社会学的な比較調査の結果については、「制度としての美術史学とその研究対象」および「近代日本における美学と美術史学」の2本の論文で成果をある程度公表することができた。それらによれば、美学は少なくとも19世紀の半ばまでは、エリートを養成する大学のなかである種の基礎的な古典的教養を身につける学科として人気を保っていた。しかし、いわゆる近代市民社会の成立とともに、心理学や社会学あるいは歴史学における実証主義的方法の確立や、アカデミックな美学の古典主義に反発する前衛的な芸術家たちの登場などによって、大学の学科としての美学は急速にその吸引力を失っていく。そして、日本がフェノロサやケーベル、あるいは森鴎外などを通じて受容したのは、まさにこの時期の「美学」だったのである。 ドイツ以外の地域の状況については、入手した資料を現在も分析中で、その解明は今後の課題として残されてる。また、本年度の研究の焦点のひとつとして交付請求時に言及した矢代幸雄については、その芸術観が近代日本の文化政策(文化安全保障政策)との深いつながりをもつことを明らかした。この成果については近々公表される予定である。 本年度の設備備品費は、おもに基礎資料、およびそれらを分析するための参照文献の購入に当てられた。また、横浜美術館と東京国立博物館への出張は、「セザンヌと日本」展などの展覧会を通じた資料調査た、関係者との意見交換や情報交換のためのものである。
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