研究概要 |
異種感覚の情報の統合過程については,生得的か学習されるものかという個体発生の問題が,古くから研修者の興味を集めてきた。本研究では,マガーク効果を含めた視聴覚音声知覚における統合過程の年齢的変化を調べることにより,この問題を考える手がかりを得ることをにした。 被験者は,3歳・7歳・11歳・20歳の4群で,各群10人ずつとした。刺激材料は,日本人話者1人が発話した/ba/と/da/で,視聴覚刺激は,もともとの声と映像の一致した組み合わせの他に,/ba/と/da/の間で映像と音声を入れ替えたものを矛盾刺激として作成した。これらクリアな刺激の他に,刺激を劣化させたものも作成した。音の劣化は,カットオフ周波数730kHzのローパスフィルター,映像の劣化は,口の部分へのモザイク効果によった。それぞれ,単一モダリティだけでの正答率が大学生で80%くらいになるような劣化の程度を予備実験によって決定していた。呈示モダリティには音のみ(明瞭およびローパス劣化),映像のみ(明瞭およびモザイク劣化),およびこれらを組み合わせた4通りの視聴覚条件があった。課題は,話者が何と言ったと感じたかを'ba'か'da'の口頭で答えることであった。 単一モダリティ条件では,刺激を劣化させない場合,音の聞き取り,読唇とも同定は正確で,年齢差はなかったが,劣化させた場合,聞き取りも読唇も3歳児が他の年齢よりも有意に悪い成績を示した。AV条件では,音がクリアな場合,マガーク効果の大きさに有意な年齢差はなかった。音が劣化している場合,3歳児の反応が他の年齢群と有意に異なり,3歳児は,一致刺激での視覚による促進効果は大人と同じくらい大きかったのに,矛盾刺激でのマガーク効果は他の年齢群よりも有意に小さかった。 以上の結果は,AV一致刺激に対する統合が生得的ないしは極めて早い時期に生じるのに対して,マガーク効果のような不一致刺激に対する統合は読唇能力の発達を待って生じる可能性を示唆している。
|