聴覚の研究において、まず末梢系に関する知識を固めてから、次第に高次のレベルに進むことが望ましいとの考えかたが、特に音響学の分野では支配的である。本研究計画においては、我々の日常の聴覚体験に直接結びつけることのできる、高次のレベルの仕組みについて、体系的に研究を進める方法を確立することを目指した。聴覚がコミュニケーションの重要な手段を与えることから、必然的に、話し言葉や音楽に関連する研究素材を用いることが多くなった。まず、時間長ないし時間長の比率が、区切刺激の物理的な性質にどのように影響されるかを調べ、区切音の相対的なレベルや、区切音における音エネルギーの時間的な分布が、時間知覚に及ぼす景響を確認した。次に、一般的に時間知覚の手掛かりがどのように与えられるのかについて、空隙転移錯覚のような現象を通じて考察し、音の始まりと、音の終わりとが近接の原理に従って知覚的に結びつけられるとの、モデルを提出した。更に、周波数変調のかかった成分を組みあわせた刺激パターンを用いて、聴覚体制化の原理に関する考察を進め、成分どうしが知覚のうえでどのように影響しあうのかを調べた。最近、調波的なグライド音を用いて、空隙転移錯覚の生ずることを確認した。このような実験材料は、音声知覚、音楽知覚の基本的な仕組みを解明するうえで有益であると思われる。現在、本研究計画において得られた結果を、より直接的に聴覚コミュニケーションに結びつけるために、これまでに取りあげてきたよりも複雑な剌激パターンを用いて研究を進めつつある。
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